物語– category –
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物語
タマノイノチの竃
山口美佳 それは、霧雨の降る夜だった。波音はアダージョ。風が古びたガラス窓の木枠を微かに揺らす。小さな鉄でできた扉は、長年の泥と海風で朽ちて、蝶番が外れている。この扉を開けなくなったのはいつの頃からだったろうか。 文字を教わると、至る場所... -
物語
ジャッカルとアキ
田中景子 「あおおおおおお」「おおおおん」 山奥でジャッカルの鳴き声がします。古賀市薬王寺温泉街から延びる登山ルートはジャッカルの群れからよく見えました。ある一匹のジャッカルには一見変わった子どもがいました、アキという人間の女性でした。ア... -
物語
声の影
古橋 範朗 古びた木戸の隙間に 忘れ去られていた 無数の声を見た 永い時を経ても 消えることのない 遥か古からの祈り 幾重にも重なり合った 声無き声のその先に わたしと云ふものが 幻のように浮かび上がる いつの日にか 鉛の躰は消え去り 光に満ちた彼方... -
物語
希望
黒瀬ゆう子 窓辺の花が、しくしくと泣いている。「もう一度見たいわ、窓の外の世界。窓を開けて。」と叫びながら。人には聞こえない声で。「死ぬ前に見たいわ、外の世界をもう一度。もうすぐに枯れてしまうから。 メイドさんがやって来て、花からは見えな... -
物語
あな
コウダイ 真っ暗でした。音もなく、ただそれがいる空間だけがポッカリと空いています。 もう随分と長いこと、そこで暮らしてきた、それは静かに動き始めました。 体に感じる重力の反対側に、ほんの少しの温もりを感じる方向へ、それは少しずつ進んでいきま...