ジャッカルとアキ

田中景子

「あおおおおおお」「おおおおん」

山奥でジャッカルの鳴き声がします。古賀市薬王寺温泉街から延びる登山ルートはジャッカルの群れからよく見えました。ある一匹のジャッカルには一見変わった子どもがいました、アキという人間の女性でした。アキは言いました

「ジャッカルもう獲物がない」

ジャッカルは遠くを眺めながら

「もうじき全て奪われてしまう」

と答えました。ジャッカルの体長は2メートルあり体重は80キロで、目はアーモンドのような形をして澄んでおり、口は開けるととても大きく牙が見えたのでした。その目を吊り上げて、牙をギシギシとならし怒っていました。

 アキの体は小さく130センチほどでした。体重は30キロで、服は着ていませんでした。読み書きはまったくできませんし、家族はいませんでした。生まれてすぐ人間に捨てられてしまいました。山小屋で泣いていたところをジャッカルに拾われ育てられた野生の成人女性でした。アキは四つん這いで歩きました、走るととても速くジャッカルに追いつくほどでした。手足の指は大きく広がって伸びていました。獲物をしとめられるように爪は太くとがっていました。体はたくましく脂肪がまったくありません。髪の毛はぼさぼさで伸びっぱなしでした。

 アキの心はとても清らかでどこの誰よりも純粋でした。そして誰よりも命知らずで勇敢な女性でした。 

アキはジャッカルに尋ねました

「どうしたらいいの、腹が減って苦しい」

ジャッカルは静かに喉を鳴らしながらアキにすり寄っていました。二人は本当の親子のようでした。

ジャッカルの体はアキよりも硬く、しかしアキを抱く時は柔らかく優しく包み込んでくれるのでした。ジャッカルは目を細めてアキを見つめていました。アキはその中ですやすやと眠ってしまいました。ジャッカルは背中を丸めてアキを包み込んでいました。


ジャッカルの群れが誰も近寄らない「山小屋」は小高い場所にひっそりとありました。

 その日の月は満月でした。「寒くなってきた、今夜は山小屋で休もう」アキは言いました。


山小屋にはいるといつもの屋根裏に潜り込みました。  夜更けになると珍しく猟師が山小屋にきました。「ガラガラガラガラ」少し中を物色すると、

「誰もいないなら泊まらせてもらうぜ」と猟師が言いました。しばらく煙草をふかしながら休んでいましたが、いつのまにか眠ったようでした。

アキは人間を見ると不意に懐かしい気持ちになりました。ジャッカルは静かに言いました

「人間にならないのか?」

アキは何も答えませんでした。

「、、、、。」

ジャッカルはもっとアキにすり寄りました。 

 やがてたばこの火が燃え移ると大きくなり、山小屋はあっという間に赤くメラメラと燃え始めました。ジャッカルは

「逃げよう。」といいましたアキは

「猟師を助けたい。」

といいました。 

ジャッカルは大きな声で

「だめだ殺されてしまう!」といいましたが、アキはすたすたと部屋に入ると猟師にはじめて近寄りました。

「ああああああ、ああああ」アキは話しかけました。猟師はすぐに気が付きました。

「うわああ誰だ?」

アキは

「早く逃げろ」といいました

しかしその言葉は空しく宙を舞うだけでした。アキは怯える猟師の首をつかみ山小屋を出ました。そこにはジャッカルが待っており、アキは猟師を丁寧に下すと、そこにいたジャッカルに駆け寄りました。

 それをみた猟師は驚きました。

「おまえは??」

とたんに猟師は背中の銃を構えてジャッカルをうち抜きました。 

ぽーんと飛んで行ったかと思うと

「きゃおん」

ジャッカルは悲鳴のような声をあげました。アキはジャッカルにかけ寄りました。その姿はまるでジャッカルのようでした。 

猟師はアキに声をかけました。

「おまえはジャッカルにそだてられたのか?」 

アキは猟師に向かってとびかかりました。

「ぅうわああ」

アキの爪は長く、猟師の心臓をひとつきすると、猟師はあっという間に死んでしまいました。 

アキはジャッカルの手当てをしました。川に連れて行き、口にたっぷりと水を含ませてジャッカルの傷口に「ぷぅっ」と吹きかけました。すると血が少しづつ流れました。ジャッカルのお腹には銃の玉が貫通していました。 

もうジャッカルのイノチはのこりわずかでした。

「、、、。クオン」

ジャッカルの心臓はとまりました。 

アキは

「母さん、母さん」とずっと泣いていました。


 翌朝アキは一人で登山道を眺めていました。ジャッカルを殺したり、山を壊したりする人間が憎くてたまりませんでした。登山客が見えると草むらから人間を良く観察しました。アキの体は黒いススだらけでした。その中で目は赤く光っていました。 

登山道を下ると、小さな温泉宿がありました。そこへたまたま夫婦が通りかかりました。夫婦は「いい湯だったなあ、またきたい」と話していました。


「あおおおん」どこかでジャッカルの声がします。


アキはしばらく宿を物色していましたが、自分が人間になることが怖くなってしまうのでした。

「、、、、。。うううう」

アキは全速力で山を駆け上りました。そして、ジャッカルの元へ行きました。ジャッカルの亡骸を丁寧にさばき、自分で食べました。アキが毛皮を被ると、まるで本物のジャッカルのようでした。アキは母親が欲しかったのです。 

それから1年後、アキは腹を空かせた烏丸たちに殺されてしまいました。ジャッカルの毛皮を剥ぐと、アキは端正な顔立ちで、大変美しいアーモンドのような瞳をしていました。歳は15才でした。烏丸たちはアキをみて「きれいな人間だね」「きれいな人間だね」と言いながらアキをたべました。


アキを捨てた親と、ジャッカルを殺した猟師は、こころがスカスカで、カサカサしていて、空っぽでした。


それから3日後、天国にはアキとジャッカルの姿があり、それは誰が見てもよく似た親子でした。