kaleidoscope

上村 香

ナナという女の子がいました。 肌の色は白く、髪と瞳は黒曜石のように黒く、左の口もとにちいさなほくろがありました。 7 月 7 日に生まれたのでナナという名前にしたのよ、とおかあさんに名前の由来をきいてから、ナナも自分の名前をとても気に入っていました。 

ナナが7歳のお誕生日を迎えた夜のことです。 その日は星のきれいな日曜日の夜でした。 真夜中の2時頃、ナナが眠っていると枕元にそっとやってくる影がありました。 夢かしら、と思って目を覚ますと そこには両手に乗るくらいの大きさの古い宝箱のような箱がおいてありました。 中には虹色の万華鏡が一本入っていました。 なにか文字が書かれていますが詠めません。

朝になると、ナナはすぐに物知りのおじいさんのところへもっていきました。おじいさんはゆっくりと箱を手に取り、中を開けてじっくりと眺め、細かいところを観察してからこう言いました。

「これは7歳のカライドスコープだね。夜の7時になったら覗いてごらん。7日間、7 分間だけ、世界中の ナナを見ることができるよ」 

月曜日の夜7時になりました。 ナナは古い箱を開け、どきどきしながら万華鏡を覗いてみました。 

そうっとまわしながら覗くと、 次々に目の前にいろとりどりのさまざまな模様がみえました。 

目の前が一瞬暗くなったと思うとぱっと明るくなりました。そこはどこかのリビングのようでした。テーブルの上には美味しそうなごちそうがならんでいました。 

「わぁ」ナナは思わず歓声をあげました。 ローストチキンのぷりっとした大きな肉、ピザやケーキ、みんなが声を合わせていいました。

 「ナナ、7歳のお誕生日おめでとう!」 

真ん中に座る金髪の女の子は、満面の笑みでいいました。 

「みんなありがとう!なんて素敵な誕生日なの!」 

こんなに華やかなお誕生日を祝ってもらったことはナナにはありません。 

小さな声で、アメリカのナナにおめでとう、といったら、万華鏡は見えなくなりました。

火曜日の夜7時になりました。ナナはまた箱を開け、万華鏡を取り出して覗いてみました。 

そこは少し寒い国のようです。 雪が降っていました。 

ナナはまだ雪をみたことがありません。 

はじめての雪は白くうつくしく一面を銀世界に変えていました。 

二人の女の子がみえました。ひとりは色が白く、そばかすがかわいい女の子。もうひとりはまだ幼い 3歳くらいの女の子です。 

雪国のナナは妹と 一緒にコロコロと雪を転がして、何か作っています。

雪の玉をコロコロと転がして、妹の玉をナナの玉に乗せ、葉っぱや木の実で目や鼻や口をつけると

ちょんとした雪だるまができあがりました。 

うわー、かわいい。 

ナナがつぶやいたとき、万華鏡は見えなくなりました。 

水曜日の夜7時、 

ナナはまた箱を取り出して、万華鏡を覗いてみました。 

そこは緑深い山の奥のようでした。 

照りつけるような陽射しで鳥たちがたくさん鳴いていました。 

アフリカのナナはカラフルな民族衣装をきて、大小の太鼓のリズムにあわせてダンスを踊っていまし た。 

ナナはまだダンスを踊ったことがありません。 

はじめてきくリズムで、いろいろなセッションをして、目と目で会話して、笑って。 ナナも思わず身体をうごかしたくなりました。音楽ってたのしいんだわ、とナナが 思ったとき、万華鏡は見えなくなりました。 

木曜日の夜7時、 ナナはまた箱を取り出して、万華鏡を覗いてみました。 

そこは一面の海の中でした。 

セントビンセントのナナが海女の大人たちに混じって海に潜っていました。 いろとりどりの熱帯魚が群れをなして泳いでいました。 

海の中から見上げる海面はきらきらと光り、この世のものではないほどきれいでした。 ナナはまだ海で泳いだことがありません。 水の中って気持ちよさそう。 ナナがつぶやいたとき、万華鏡は見えなくなりました。 

金曜日の夜7時、 ナナはまた箱を取り出して、万華鏡を覗いてみました。 

そこは内戦の紛争地帯のようでした。まわりのこどもたちはみなやせ細り、 身を寄せ合っていました。 

アフガニスタンのナナは自分より幼いこどもたちにわずかなパンを分け与えていました。 久しぶりの食べものの配給で皆の顔がほころんでいます。 

そのときです。 

突然大きな空爆の音と真っ白な煙があたりを覆いました。 

逃げて!助けて! 

ナナが叫んだとき、万華鏡は見えなくなりました。 

土曜日の夜7時、 ナナは箱を取り出して、万華鏡を覗いてみました。 

きょうはいつもより目線がひくく感じます。 

「ナナちゃん、こっちへいらっしゃい」と白髪のご婦人がナナを呼びました。

ナナはゆっくりとそのご婦人の膝の上に座り、ニャーゴと鳴きました。

ご婦人の周りには他にもつやつやした毛並みの猫がゴロゴロと甘えていました。

なるほどね、とナナは思いました。 

きょうのナナちゃんはこの猫ちゃんなのね。 

ナナは動物を触ったことがありません。 

猫に触ってみたいな。

そっと手を伸ばしたときに万華鏡は見えなくなりました。 

日曜日の夜7時。 

ナナは箱を取り出して、万華鏡を覗いてみました。 

そこにはちいさな赤ちゃんと若いおとうさんとおかあさんが見えました。 

そこに物知りのおじいさんがやってきていいました。 

「たいへん申しあげにくいのですが、この子は今の医療では治療することができない難しい病気です。いつまで生きら れるか保障はできません。」 

おとうさんとおかあさんはしばらく茫然としていましたが、我に返って泣き崩れていました。 あ、これわたしのことだ。 

ナナが気づいたとき、万華鏡は見えなくなりました。 

そこへ物知りのおじいさんがやってきていいました。 

「ナナ、おめでとう。明日で退院だよ。」 

きょうは病院で過ごす最後の夜です。 

「先生、ありがとうございました」 

「長いあいだお世話になりました」 

おとうさんとおかあさんが御礼をいいながら頭を下げます。

「ナナ」 

おじいさん先生がナナの目をまっすぐに見ていいました。 「世界は広い、なんでもできる、おまえはなにものにもなれるよ」 そういうと先生がナナの頭を撫で、送り出してくれました。 

ナナはベッドに入りました。 

そしてこの7日間に見た、世界中の7歳のナナたちのことを思いました。 

いつかお誕生日会ができますように。 

雪だるまがつくれますように。 

ダンスが踊れますように。 

海で泳げますように。 

戦争がなくなりますように。 

動物とふれあえますように。 

おとうさんとおかあさんといっしょに暮らせますように。

そして万華鏡で覗いた 世界中のナナたちに会えますように。 

ナナはそのまま、深い深い眠りにつきました。 

両手にはしっかりとあの万華鏡を握りしめていました。