あな
真っ暗でした。音もなく、ただそれがいる空間だけがポッカリと空いています。
もう随分と長いこと、そこで暮らしてきた、それは静かに動き始めました。
体に感じる重力の反対側に、ほんの少しの温もりを感じる方向へ、それは少しずつ進んでいきます。もぞもぞと。もぞもぞと。
やがて薄らと明るさを感じたそれは、静かに動きを止めました。じっと待っています。
夏。地上には昼の日差しが降り注いで、その上をあらゆるものが騒がしく、行き来しています。
それは静かに待って、夏の長い日の落ちる頃、またゆっくりと動き始めました。もぞもぞと。もぞもぞと。
少しずつ。少しずつ。地表に向かったそれは、やがて、ゆっくりと地面に顔を出し、やっぱり静かに自分の掘った穴から顔を出しました。
そうして、セミは、そのまま出て行って、戻ってはきませんでした。
あくる日、地面には夏の日差しが降り注ぎ、あらゆるものが行き来しています。
どこかから、セミの鳴き声が騒がしく聞こえてきます。
そして、秋。もうセミの鳴き声は聞こえません。木々の葉も薄らと色を変え、風に揺れています。
地下。そこは今日も音もなく、真っ暗です。それは静かにじっと待っています。
冬が過ぎ、春が来て、夏になって。それは静かに動き出しました。
もぞもぞと。もぞもぞと。