誰かの日記、のぞいた先に見えるもの

金氣穂乃香

これは、とある誰かの日記から、ある出来事について文字起こししたものである。日記を書いた人の名前や、年齢、住んでいる場所、そして今生きているのかどうかは分からない。

○月○日
今日は朝3時に目が覚めた。
外はまだ真っ暗で、しんとしていた。なんとなく、台所にいって白湯を飲んで、また寝ようと思ったけど、なんとなく、草履をひっかけて、外へ出てしまった。角をテキトーに曲がって、ぐるぐる歩いていたら古い家の前に、おばあさんが一人座っていた。紺色のワンピースを着た背筋のシャンとしたおばあさんは茶筒の中をのぞいていて、顔はよく見えなかった。見たことのないおばあさんだった。
それから進んで、次の角を曲がると、道沿いの家々の前にひとり、またひとりと、家ごとに誰かが立っていた。みんなも、道の方を向いて、筒のようなものを持って何かをのぞいている。みんな何をのぞいているのか?
気がつけば足元に黒い筒が落ちていたので、拾ってのぞいてみると、立派な古家の前に、帽子を被ったおじいさんが立っているのがぼんやり見えた。
通り道でよく見かけるおじいさんだった。おじいさんが私をジーと見るから、おはようございます、と言ったら、歯抜けの口を、わしわしさせながらおはよう、おはよう、と言って私の顔をのぞきこんできた。びっくりして筒から顔を離そう、としたとき、遠くからベルの音が聞こえた。起きたのは朝6時だった。 
夢だった。

○月△日
あの日夢で会ったおじいさん、最近見かけないなと思っていたら、いつもの場所に立っていた。帽子に黒いポロシャツ、杖を持って、道の方を見ていた。
おじいさんが通りがかりの私を見ていたので、今度こそ、おはようございます!と言ったらふっくらした頬をキュッと上げて、おはよう、と言った。
のぞきこまれたらどうしようかと思った! 

×月○日
今日はとびきり美味しいという、噂の抹茶アイスクリームを食べた。上品で滑らかで、おいしかった。そんな店主も、いかにも上品な人で、紺色のワンピースを着たおばあさんだった。どこかで見たような、と思ったら夢で見たあのおばあさんにそっくりだった。あの時、のぞいていたのはアイスクリームだったのかな…。もしかすると夢だと思っていたあの出来事は、夢じゃなかったのかもしれない。
そうだとしたら、あの時のぞいていた人たちは、今頃何をしているのだろう…。