ふしぎな塀の穴

緒方信明

「のぼる! のぼる! 早く起きなさい!」「早く起きないと学校が始まっちゃうよ!」
階下よりママが大きな声で叫んだ。家中に響き渡る大きな声が、僕の家での一日の始まりだ。おまけに、最近はママの口調もきつくなってきた。
少し間を置いて、「はーい!」とのぼるは答えたが、身体の方は、けだるく、しばらくベッドに横たえたまま、天井に貼り付けた大きな星座のシールを眺め続けた。のぼるは、学校に行きたくなかったのだ。
 のぼるは、小学校4年生。3年生までは、学校が楽しくてしようがなかった。その証拠に、カーテンの隙間からこぼれる朝光に目が覚め、ママから声をかけられる前に自分から起きていた。急いで服に着替え、階段を駆け下り、1階のダイニングテーブルに着き、自分でパンをトーストにかけ、マーガリンをつけて、パパからプレゼントされたお気に入りのマグカップに牛乳を注いで急いで飲み、玄関を飛び出すように学校に行っていたのだ。パパの方はいつものとおり朝早く、とっくに会社に出かけていた。
 僕はパパっ子だ。普段、パパは会社が忙しいけど、土日の休みの時は、僕と良く遊んでくれた。キャンプ、魚釣り、サッカー、キャッチボールなど、楽しい思い出ばかりだ。それから、山の川で、サワガニを獲るのに夢中で、僕が深みにはまって溺れそうになった時、すぐにパパが飛んで来て、僕を救ったこともあった。
僕にとって、これが日常風景だった。
 いつか忘れたけれど、僕が、夜中にオッシコに行きたくて、階下に降りた時、パパとママは、言い合いをしていたのを覚えている。それが、原因かわからないけれど、
 今年の3月にパパが家を出てからというもの、この家にはママと僕と二人きりになった。ママはパパが家にいない理由を教えてくれなかった。
 それ以来、パパのことが大好きだった僕は、だんだんと泣き虫人間となり、クラスの友だちから、からかわれたり、いじめられるようになった。
 ある日、学校から泣いて帰った日、僕は家に帰りつくと、すぐに2階に駆け上り、自分の部屋に閉じこもった。
 夕食の準備が整った時、僕が2階からなかなか降りて来ようとしないものだから、ママが我慢の限界を超え、ドンドンと音を立てながら2階に上がり、僕の部屋まで入ってきた。
 「のぼる! どうしたの!」
「僕、もう我慢の限界だ!」「いままでママには黙っていたけど、学校でいじめられているんだ」「もう学校には、行きたくないよ」
「のぼる! ママに素直に言ってくれてありがとう。」「パパがいなくなってから、のぼるがだんだん泣き虫になっているので心配していたの」
「ねえママ 僕、明日から学校に行かなくてもいい?」
「のぼるは、小さい時からやさしい子どもだったからね。」「ママは、パパがいなくても、のぼるに心の強い人になってもらいたいの。ママは、それを楽しみにしているよ」と、諭すように話しかけた。
しばらく考え込んだ後、「じゃあ、僕もう少しがんばってみるよ」と、のぼるは、半分あきらめた口調でママに返事した。
 ママに話したことで、少しは気持ちも楽になったおかげで、急にお腹が「グー」となった。
 「そうだ、まだ夕食を食べてなかった」
のぼるは、足早に階下のダイニングテーブルに着くと、夕食を食べ始めた。
その後は、宿題と明日の授業の用意も済ませ、僕の大好きなゲーム「あつまれ、どうぶつの森」を約1時間楽しんで、お風呂に入った後、ベッドに横になった。
今日は、ママに日頃の悩みを話したせいか、少しは元気になり、いつの間にか眠りに入っていた。

 その夜、不思議な夢をみた。
 学校からのいつもの帰り道。いじめっ子たちが僕を追いかけてきた。とっさに僕は、誰も住んでいないような古い家の門に入り、塀の後ろにじっとかがんで、いじめっ子たちが通り過ぎるのを待っていた。
 かがんでいるところの塀の上を見ると、いくつものいろんな形をした穴があるのに気がついた。その中で丸い形をしたものを選んで、外の様子をうかがった。
 ところが、穴から見える風景は、いつも見ている風景と違っていたのだ。穴から目を離すと、何ら変わりない周りの風景に戻っている。おかしいと思って、もう一度、その穴に目を当てて、外の風景をみた。やはり違う、どこか違う。
しばらく、その穴から見える風景の様子を見ることにした。すると、その視界にママと家からいなくなったパパの二人が歩きながら入ってきた。その二人の間に、よちよち歩きの小さい僕がいた。幸せそうに歩いている。しばらく覗いている内に、僕が、今の年齢に近づいていた頃、二人はお互いにさよならの手を振りながら別々の道を歩き、僕とママが取り残された。ママは一人で泣いていた。それを見て僕も悲しくなった。しだいに視界が霧に覆われ、何も見えなくなった。
夢はここで終わった。
時計をみると午前6時をさしていた。
 僕はいつもより早く目が覚めた。
夢の中とはいえ、ママが泣いているのをはじめて見てショックだった。僕には、やかましく気丈に振舞っているところしかみせていないママからは想像できなかった。
 僕には黙っているけど、本当はママも悲しいのかもしれない。ママは、強いなと思った。
 ママは、悲しみをこらえてがんばっているのに、僕は、いつまでもメソメソしていいものか考えた。僕が、泣き虫人間であることをママは望んでなんかいない。
いつもの元気な僕を望んでいるに違いない。
 そんなことを考えながら、僕は、メソメソするのを止め、がんばってママを支えようと思った。
 そう心に決めた僕は、ベッドから飛び起き、前のように元気を出して、朝食を食べ、玄関を飛び出すように学校に行った。
 いつもと違う僕の様子をみて、ママは不思議に思ったことだろう。
 学校の帰り道、いつものいじめっ子たちが来た時、僕のことをいじめないように、はっきりと伝えた。そのうち、だんだんと僕をいじめないようになってきた。
 家に帰った後、宿題を済ませ、夕食を終えた後、自分から食器洗いもするようになった。
 この僕の変わりように、ママは尋ねたが、僕は黙っていた。
 翌日、僕は、もう一度、あの古い家に向かい、門の中に入り、塀をみた。
 ところが、塀には、昨日覗いた穴が、どこを探してもなく、消えていた。
 その時、縁側のガラス戸に僕の方をみて、微笑んでいるおじいさんが映っていたのを、僕は気づいた。その顔をよくみると、亡くなった僕のおじいちゃんだった。

※このお話しは一旦ここで終わります。ですが、みなさん、それぞれこのお話しの続きを頭の中で思い描いてください。1,000人いれば1,000通りのお話しができることと思います。もし与力があればその物語を私たちとシェアしてください。皆さんのイマジネーションでつのお話しをどんどん膨らませていきましょう!